2024年06月07日
足立山 妙見神社より 426座/日本の山1000
2024年(令和6年)5月24日(金)
足立山 妙見神社より 426座/日本の山1000
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-6838576.html
足立山山頂

福知山を登り、福岡県最後の「日本の山1000」北九州市の足立山へ。
妙見神社の駐車場へ社務所で許可を得て駐めさせてもらった。
快く駐車させていただき気持ちよく登山を開始することができた。
妙見神社

和気清麻呂ゆかりの神社で小高い位置にあり清楚な神社だ。
御祖神社とも言い、足立山妙見神社が正式名とのこと。
皇位を狙う道教に足を切られた清麻呂、霊泉で直った(足が立った)との謂れから足立山と命名されたのこと。
健脚健康「足の神様」が祀られてもいて、足腰の改善を祈ってきた。
登山道へは神社左側から登り始める。
直ぐにくねくねした木々に覆われた緩やかな斜面を登る。
深くえぐられた登山道もあり、くねくねと高度を上げて行った。
妙見神社上宮へは下山時に参拝することにして足立山を目指す。
山頂へは樹林に霧だろうか、白く流れる靄の中淡々とした登りで到着。
山頂へも白い雲が流れてきて神秘的な様子だった。
展望は西側に雲が薄れると門司の海岸線、それに小倉の特徴あるメディアドームがぼんやりと見られた。
妙見神社上宮

下山は妙見神社上宮へ立ち寄りお参りをしてきた。
奉獸とあり、あうんの獸、石の鳥居の先に立派な社殿が祀られていた。
ここまで来られたことを感謝し、今後の無事を願った。
下山前に砲台山方面へと行ってみた。
砲台跡がいくつか見られ、堅固な石垣も見られた。
第二次世界大戦時、門司港と小倉市街地そして旧陸軍の曽根飛行場を守るための高射砲陣地が置かれていたとのことだ。
登って来た足立山、妙見山を仰ぎ見ることができる広い山頂となっていた。
砲台山から足立山

下山は思っていた以上に快調であっという間に妙見神社へと戻った。
無事下山したことを社務所の方に伝え、今一度本殿、そして薬師堂(神仏混交)があったのでお参りをしてきた。
薬師堂では何やら呪文を唱え足腰の改善を祈ってきた。
ふるちゃん
足立山 妙見神社より 426座/日本の山1000
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-6838576.html
足立山山頂
福知山を登り、福岡県最後の「日本の山1000」北九州市の足立山へ。
妙見神社の駐車場へ社務所で許可を得て駐めさせてもらった。
快く駐車させていただき気持ちよく登山を開始することができた。
妙見神社
和気清麻呂ゆかりの神社で小高い位置にあり清楚な神社だ。
御祖神社とも言い、足立山妙見神社が正式名とのこと。
皇位を狙う道教に足を切られた清麻呂、霊泉で直った(足が立った)との謂れから足立山と命名されたのこと。
健脚健康「足の神様」が祀られてもいて、足腰の改善を祈ってきた。
登山道へは神社左側から登り始める。
直ぐにくねくねした木々に覆われた緩やかな斜面を登る。
深くえぐられた登山道もあり、くねくねと高度を上げて行った。
妙見神社上宮へは下山時に参拝することにして足立山を目指す。
山頂へは樹林に霧だろうか、白く流れる靄の中淡々とした登りで到着。
山頂へも白い雲が流れてきて神秘的な様子だった。
展望は西側に雲が薄れると門司の海岸線、それに小倉の特徴あるメディアドームがぼんやりと見られた。
妙見神社上宮
下山は妙見神社上宮へ立ち寄りお参りをしてきた。
奉獸とあり、あうんの獸、石の鳥居の先に立派な社殿が祀られていた。
ここまで来られたことを感謝し、今後の無事を願った。
下山前に砲台山方面へと行ってみた。
砲台跡がいくつか見られ、堅固な石垣も見られた。
第二次世界大戦時、門司港と小倉市街地そして旧陸軍の曽根飛行場を守るための高射砲陣地が置かれていたとのことだ。
登って来た足立山、妙見山を仰ぎ見ることができる広い山頂となっていた。
砲台山から足立山
下山は思っていた以上に快調であっという間に妙見神社へと戻った。
無事下山したことを社務所の方に伝え、今一度本殿、そして薬師堂(神仏混交)があったのでお参りをしてきた。
薬師堂では何やら呪文を唱え足腰の改善を祈ってきた。
ふるちゃん